2008年1月2日 TanjungKarangの悲劇


  「あけましておめでとう」という訳で新年2008年も無事スタート。年がら年中働きづめの現場であるがさすがに正月は休みということで、Lampungくんだりへ撮影がてら遊びに行くことにした。

いつもは我が縄張りの周辺ばかりで森ばかりのロケーションなので、今回は趣向を変えてランプン周辺へ行き田園地帯の中で撮影することにした。今日朝っぱらから向かったのはHajiPemanggilan(ハジ・プマンギラン)駅。なんともややこしい名前の駅である。


(↑HajiPemanggilan駅舎)

 

駅周辺には田んぼやシンコン(芋みたいな植物)畑が広がり、また所々にヤシの木がニョキニョキ生えておりいい雰囲気。ここらで列車を待つことにした。しかし、いつものことではあるが、ちっとも列車が来ない。「せっかく正月休みに朝っぱらから早起きして来ているのに何で来ないんだーーー?」と怒りに満ちあふれ、駅に行き駅員のおっさんに尋ねる。するとこんな答えが。「あー先日貨物列車がTanjungKarangの近くでひっくり返って、さっき復旧したばかりだから当分列車来ないよ」 おいらは「へ、正月早々ひっくり返ったの?」と呆れてしまった。

列車が来ないと分かったらこんな田舎で待っていてもしょうがないし、このまま家に帰ってもつまらないし、せっかくだからひっくり返ったTanjungKarangへ行ってみることにした。

 TanjungKarangの街で新聞を買い、読んでいると案の定事故の記事が載っていた。記事では「今日から線路が復旧し石炭列車も通常運転に戻る」とあるが、どうやら通常運転まではいかないみたいである。というか常にむちゃくちゃなダイヤで走っているので、何が「通常運転」なのか良く分からない。記事によるとどうやらコケた場所はKm4(起点から4km地点)辺りだとの事なので、道を尋ねつつ現場を探す。ちなみに勾配曲線図によるとこの辺りは海岸段丘上の市街地から港湾地帯へ21‰で下る場所なので、大方ノーブレーキ貨物列車が勾配で過速してしまいずっこけたんだろうと想像する。

 

しかしなかなか現場は見つからず、とりあえず近くの貨物駅Pidadaへ行く。すると、御臨終した貨車がちょうど運び込まれている所であった。どうやらコケたのはNiru駅から来るパルプ列車(ワキの30両編成)のようだ。


↑使用されていない側線へ運び込まれる御臨終さん達。一番左で座っているおっさん、弁当食っている場合じゃないよ!


↑あーあ、相変わらずえぐい壊れ方である。しかし皆なぜ笑顔なんだろう・・・

 

しかし、この貨物列車30両編成であり、2両しかここに運び込まれていないので他の車両はどうなったのだろう?と疑問に思ってしまう。「コケたのはこの2両で残りは無事だったのかな?」と思った。

 

駅で場所を聞き、現場を探す。すると築堤の上で1本貨物列車(セメント)が停まっているのが見えた。どうやら開通したのだと思いその付近に行ってみることにした。細い路地を上り、しばらくするとなんだか野次馬みないなのが沢山いるのでこの辺りであろうと確信する。線路の近くに行くと、先ほど見えたセメント列車がなんだか進んだり戻ったりしている。ここは21‰の勾配上なので、どうやら進めなくなってしまったらしい。少しバックし、それからけたたましいエンジン音とすさまじい煙(今回は火は噴いていない)を上げて少し進むが結局起動できないようだ。


21‰の勾配上で停車してしまい、起動できずにもがいているセメント列車。しかしいつ見ても間抜けな顔の機関車である。

 

 しばらくその様子を見ていると、やっと運ちゃんが諦めたのか、バックして去ってしまった。恐らく下にあるPidada駅まで戻って再加速をかけるのであろう。戻っていったとはいえ、列車が来たと言うことは完全復旧したのかなと思い、反対側を振り向き少し歩いたら、何とそこには恐るべき光景が!!

 

 

あーあ、あまりの悲惨な光景に声も出ない。いったいどういう走り方をするとこうなるのであろうか? 積荷のパルプが散乱している。ここは切通しの区間なので壁にぶつかったみたいであるが、もし築堤でずっこけて下に落ちたりしたら? 想像しただけで恐ろしい。

 

しかし復旧のおっさん達は相変わらず全員笑顔・・・。こんな事態この国では当たり前なのかもしれない。とりあえずインドネシア鉄道(Kereta Api)に一言言わせて頂く。「速度照査型ATSとかATS-Pだとか難しいものはいいから、まず早く貫通ブレーキを整備しなさい!!!」 先日ブレーキシューの無い貨車を紹介し苦笑していたがこれを見ると笑えない。 

  

これまでの体験をまとめると、スマトラで撮影をするというのはいかに命懸けであるかというのが良く分かる。

 

@    線路傍での撮影・・・一番無難な撮影スタイルであるが、いつ貨車がひっくり返って巻き込まれるか分からない。

A    陸橋からの撮影・・・線路傍が危険なら、陸橋の上なら安心だー! って思っていると、 いつ機関車が炎を噴いて焼け焦げるか分からない。

B    俯瞰しての撮影・・・ダメだ! 線路の近くは生きている心地がしねぇ。こうなったら得意の俯瞰撮影だー!ってジャングルに突入してゆくと遭難して帰れない

 

と言うことで、インドネシア鉄道の真髄を知れば知るほど撮影が怖くなってくる。スマトラ旅行を考えているキミ、本気で覚悟して来てね。多分Sriwijaya Airの飛行機が落ちるより死ぬ確率高いと思うよ!!

 

 あまりにシャレになっていない光景なので、長居をする気にもなれずさっさと現場を去る。とりあえず気を取り直し、「今日は貨物列車が止まってしまっているということは機関車たちが機関区にたむろしているかな?」と思い、Tarahan機関区へ行ってみるとする。すると御臨終した機関車が運び込まれていた。


 どうやら転んだのは先日塗装変更したばかりの新鋭機CC203型らしい。全検出場を目撃したのが1012日なので、2ヶ月経たずして御臨終してしまったことになる。いくらキモい機関車とはいえかわいそう・・・。ただ、この列車CC203型の重連の筈なので、片割れはどうなったのか気になるところである。


↑ちなみに昔撮影した同パルプ列車。こいつがもしここでコケたら?と思うとぞっとする。

 

 Tarahan機関区も居心地が悪いため、更に気を取り直し、TanjungKarang機関区へ行ってみる。すると、先日お世話になった気動車の予備車がすっ転がっている。


↑ちなみにこいつは先日乗った気動車。1987年製KD3-87223


↑こいつは予備車。同じく1987年製のKD3-872271982年製KD3-82224

 

 先日乗ったKD3-87223と、予備車ですっ転がっているKD3-87227を比べると明らかに予備車の方がかっこ悪い。貫通ドア上のウサギの耳のような赤い板は何なんだろう? そう言えば先日気動車に乗った時に、「この気動車日本製なのでは?」という疑問があったので、今回それを解明すべく銘版等を探す。付き添ってくれた機関区のおっさんは「こいつは確かに日本製だが、どこの会社で作ったものかは分からない」というので、必死に手掛かりを探す。輸出用気動車なんて作るのは日本車輌かな?と思い、隅から隅まで確認しているとやっと銘版発見!!ってアレ??? あれーーーーっっっ!!


↑台車に張ってあった銘板。

 
 ありゃー思いっきりHITACHI JAPAN」って書いてあるよー。この時期に日立製の気動車というのも極めて珍しいっすね。たしか国鉄気動車ではキハ81系数両しか造っていない筈である。
 

 TanjungKarangの街も夕方になり雨が降り出したので、機関区のおっさんに礼を言い今日は帰ったのでした。しかし正月早々から脱線とは縁起が悪いのう・・・

 

 追伸

 毎回毎回「悲惨な」レポートを続々と出していますが、これらは全てノンフィクションです。わしだって好き好んでこんな終わった事態に遭遇している訳ではありません。いやホントにヤバイんだってここの鉄道! 何度もくどいようですが、スマトラ旅行を考えている人は覚悟して来てください。事故で3日間列車が動かないという事態も十分考えられるし・・・。まあ、多分何か起こるだろうな。

では次回のレポートは平和になる事を祈りましょー!!


撮影日:2008年1月2日


旅行記のページへ戻る
すまとらのページへ戻る
ホームへ戻る