キハ28 111 → キハ28 2111



1962年5月22日東急車両製の3次車で、昭和36年度第2次債務で千葉気動車区に新製配置された。同一ロット108〜111全車が千葉へ配置された。千葉では房総半島の急行で使用され、一時期運用の関係で館山へ配置されていたが、1969年には千葉へ戻っている。その後1972年6月30日付で冷房化及び4VK電源装置取り付けを行い2111へ改番された。房総各線の電化進展後も千葉で活躍したが、房総地区主要幹線の電化が完成した「50-3改正」で千葉の気動車配置はなくなり、1975年3月18日付で名古屋へ転出した。名古屋では残存していたキハ55系を駆逐し名古屋起点の急行「のりくら」「紀州」「きそ」等で活躍した。「53-10改正」後は「のりくら」「紀州」がメインの運用となったが、「59-2改正」で急行の運用が減少すると、需給の関係から隣の美濃太田へ転出した。美濃太田では引き続き急行「のりくら」の他高山本線等の普通列車で活躍したが、「61-11改正」で急行運用が名古屋へ移管されると当車も1986年11月1日付で名古屋へ転出し、そのままJR東海へ継承された。JR化後も引き続き急行「のりくら」の他武豊線の普通列車でも活躍した。しかし1989年3月改正で美濃太田と伊勢へキハ11が投入されると状態の良いキハ58系により置き換えられ、1989年9月1日付で廃車となった。

前面は、名古屋時代に前面補強されている。ワイパーはWP35のままであり、正面窓下の手すりも原形のままである。制御用ジャンパ受栓は、タイフォン下部で左右離れた位置へ移設されている。放送ジャンパ受栓は、千葉時代にステップ一体型に改造されている。テールライトは名古屋時代に外ばめ式に改造されている。タイフォンはシャッター式に改造されている。正面窓上の水切り・通風口は残存している。当車は千葉配置車であるので、貫通ドアに千葉地区特有のヘッドマークステイが残存している。
側面では、3位側側面に4VK発電セットの吸気口が設置されている。当車は千葉時代に乗務員室窓バランサー点検蓋が設けられ、蓋がビスでで止められている。また乗降ドア戸袋部の点検蓋が、後期車のような大型の蓋に改造されている。
屋根上は、標準的な冷房車の形態で特筆すべき点はない。
床下は、後位側に4VK発電セットが取り付けられている。4次車までの初期車に搭載されている発電動機箱は、確認できる資料では位置は不明である。


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