キハ28 115 → キハ28 2115



1962年5月29日東急車両製の3次車で、昭和36年度第2次債務で千葉気動車区に新製配置された。同一ロット112〜115全車が千葉へ配置された。千葉では房総半島の急行で長く使用された。非冷房のままであったため1972年の外房線・内房線電化の際に捻出され、1972年7月25日付で高松運転所へ転出した。なお転属後間もない1972年11月11日付で冷房化及び4VK電源装置取り付けを行い2115へ改番された。高松ではキハ65の投入が行われていたことからキハ28はキハ26を置き換えで比較的平坦な徳島地区で活躍した。1973年には高松運転所が手狭になったことから徳島地区の運用が徳島区へ移管されることになり、大半のキハ28が徳島へ転出した。以降は主に急行「阿波」「むろと」「よしの川」で活躍した。しかし国鉄最後の「61-11改正」でキハ185系投入により四国内の急行列車が大幅削減されるとキハ65が徳島へ転入し当車は玉突きで余剰となり、JRへ継承されず1986年12月1日付で廃車された。

前面は、多度津工場で四国タイプの前面補強が施工されている。ワイパーは原形のWP35のままであり、正面窓下の手すりも原形のままである。制御用KE53ジャンパ受栓の位置等も、四国標準の形態。放送用ジャンパ受栓はタイフォン横に台座付きで設置されており、そのかなり上部にステップが設けられている。タイフォンカバーは、原形のスリット状のままである。テールライトは原形の内ばめ式のままである。当車は千葉配置時代の名残で千葉ヘッドマークステイを貫通扉に残している。
側面はほぼ原形であるが、3位側側面に4VK発電セットの吸気口が設置されている。
屋根上は、標準的な冷房車の形態で特筆すべき点はない。
床下は、後位側に4VK発電セットが搭載されている。水タンクは新型のFRP製タンクに交換されている。4次車までの初期車に搭載されている発電動機箱は、4位側デッキ床下へ設置されている。


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