キハ28 384 → キハ28 2384



1964年12月21日富士重工製の6-3次車で、昭和39年度第2次民有で水戸機関区に新製配置された。同一ロット382〜385のうち、382〜384が水戸へ配置された。水戸では当時当ロットを含む378〜384の7両が一挙に新製されており、急行「ときわ」を中心に常磐線の急行で活躍した。その後1970年6月8日付で冷房化及び4VK電源装置取り付けを行い2384へ改番された。急行「ときわ」は東北方面の急行が大幅削減された「57-11改正」後も引き続き残存したが、「60-3改正」で特急格上げされ廃止された。急行廃止後は主に水郡線の普通列車用として活躍し、そのままJR東日本へ継承された。JR化後も引き続き水郡線で使用され、1989年頃には「水郡色」へ変更された。1990年3月には組織変更で常陸大子運転区配置となり、1991年3月には機関がコマツ製DMF11HZへ換装された。しかし1992年3月には水郡線にキハ110系が投入され当車は余剰となり、1992年3月14日付で小牛田へ転属した。小牛田では快速「南三陸」「いでゆ」を始めとし、石巻線・陸羽東線の普通列車で使用された。小牛田転属後すぐに塗装が「東北地域本社色」へ変更されている。その後も長く快速「南三陸」で使用されたが、1999年頃より小牛田へキハ40系が転入するとこれに置き換えられキハ58系は減少し、当車も2000年1月5日付で廃車となった。

前面は、JR化後の郡山工場で前面補強が施工されている。そのため、台座付きの手すりや、台枠付近のアンチクライマーなどが目立つ。ワイパーはWP50に更新されている。制御ジャンパ受栓は、初期冷房車の位置へ設置されており、冷房用電源ジャンパ受栓も初期冷房車のまま、低い位置に設置されている。これは水戸・新潟でよく見られた形態であった。放送用ジャンパ受栓は、原形のステップ一体型のままである。正面窓上の水切りは原形のままであるが、助手席側の通風口は撤去されている。タイフォンカバーは原形のシャッター付きである。テールライトは前面補強時に外ばめ式に変更されている。標識灯掛けは前面補強時に7-2次車以降と同じ、台座無しのタイプに変更されている。正面窓は熱線入りガラスとなりデフロスタは撤去されている。
側面は、乗降ドア下部の丸窓が、鉄板でふさがれている。また、機関換装時に給水口が埋められている。3位側側面に4VK発電セットの吸気口が設置されている。
屋根上は、水戸時代の冷房化改造でありクーラーの間隔が常磐無線対応になっている。
床下では、機関はコマツ製DMF11HZへ換装されている。油タンクは原形のままである。水タンクも原形の鋼製タンクのままである。また、小牛田転出後に複線型スノープロウを取り付けている。


キハ58イラストのページへ戻る

キハ58系のページへ戻る

ホームへ戻る