キハ28 436 → キハ28 2436



1966年1月24日日本車輌製の6-5次車で、昭和40年度第1次民有で鹿児島機関区に新製配置された。同一ロット435〜437のうち、435・436が鹿児島へ配置されている。鹿児島では鹿児島本線の幹線急行で使用され、急行「フェニックス」「日南」「かいもん」「青島」等の名門急行で活躍した。キハ58系では早期の1969年3月3日付で冷房化及び4VK電源装置取り付けを行い2436へ改番されている。その後も長く鹿児島で活躍したが、山陽新幹線博多開業の「50-3改正」では急行の幹線急行の廃止が行われ、当車は1975年3月10日付で都城へ転属した。都城では急行「えびの」で活躍した。しかし国鉄末期になると急行の減車が行われ余剰が発生し、当車は鹿児島地区のジョイフルトレインへ改造されることになり、1983年12月5日付で転換クロスシートの「らくだ」へ改造された。改造後は「59-2改正」の1984年2月1日付で鹿児島へ転属し、波動用・臨時列車で活躍した。国鉄末期には更にジョイフルトレインの拡充を行うことになり、当車は1987年3月9日付で欧風車の「ゆーとびあ」へ再改造された。そしてそのままJR九州へ継承された。JR化後も鹿児島地区を中心に団体列車で活躍したが、1990年代に入ると特急列車のグレードアップによりジョイフルトレインの陳腐化が進み、多くは廃車となる中当車は「ジョイフルトレイン大分」のキハ58 190と組み引き続き活用されることになり、熊本地区の新しいジョイフルトレイン「しらぬい」に改造された。改造は1993年8月21日付で実施され、真っ白な塗装にロゴのみというシンプルな姿になった。改造後はその名の通り熊本運転所へ転属したがあまり活躍することはなく、1年弱で使用停止となり1995年3月24日付で廃車となった。廃車後は川尻駅の留置線で長らく放置されたが、結局解体された。

前面は、前年に登場した広島の「ふれあいパル」瓜二つの顔へ改造され、貫通扉が撤去され助手席側の窓が大型化されている。「ゆーとぴあ」に改造された際に愛称表示板が設けられたが、「しらぬい」に改造された際に撤去されている。九州タイプの前面補強が施工されている。ワイパーは強化型のWP50へ改造され、それに伴い運転席窓下の手すりが若干下に移動しているのは九州では標準形。放送用ジャンパ受栓は、JR九州化後の鹿児島工場標準である、助手席側タイフォンとレールライトの間へ移設されている。助手席側は客室となったため、タイフォンは埋められているが、撤去はされていない。


前面は、九州タイプの前面補強が施工されている。ワイパーは原形のWP35のままで、正面窓下の手すりも原形のままである。ステップの位置や制御用KE53ジャンパ受栓の位置等は、九州標準の形態。放送ジャンパ受栓は、晩年の鹿児島地区標準のタイフォンとテールライトの間に移設されている。タイフォンカバーは、原形のスリット状カバーを装備する。正面窓上の雨どいが撤去されており、鹿児島地区の標準スタイルであるが、通風口は残っている。また、鹿児島地区では降灰の関係上デフロスタを装備している。鹿児島地区標準のフック式のヘッドマークステイが貫通扉に取り付けられている。
側面は大幅に手を加えられ、前位側の乗降扉が埋められ、助手席側に大型窓が設けられているのは、ふれあいパルに準じたデザインである。また後位側の窓が1枚埋められている。400番台以降の乗降扉下部の丸窓は、埋められており存在しない。3位側側面に、4VK発電セット用の吸気口が設置されている。
床下では、前位側へスカートの取り付けが行われているのは九州の共通事項。機関は原形のDMH17Hエンジンを装備している。2000番台であり4VK発電セットを取り付けている。水タンクは、新型のFRP製のものに交換されている。


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