キハ28 462 → キハ28 2462



1966年6月13日新潟鐵工製の第7-1次車で、昭和40年度第2次債務で千葉気動車区へ配置された。同一ロット460〜463のうち、462・463が千葉へ配置された。千葉へは房総地区夏季海水浴輸送用の仮配置で、夏季輸送終了後には兄弟共に米子に正式配置された。米子では山陰本線系の急行で使用され、急行「だいせん」「伯耆」等で使用された。1970年2月17日付で冷房化及び4VK電源装置取り付けが行われ2462へ改番され、引き続き国鉄末期まで米子配置で急行「だいせん」を中心に使用された。国鉄最後の「61-11改正」で急行「だいせん」は廃止されたが当車は普通列車用として米子に残留し、そのままJR西日本へ継承された。JR化後は米子のキハ58系運用を鳥取へ統合する動きから、1988年3月13日付で鳥取へ転出した。鳥取では急行「砂丘」「但馬」の他山陰本線の快速・普通で使用され、1993年の急行「砂丘」のアコモ改造専用車化、1996年の急行「但馬」廃止後は主にローカル輸送で活躍した。しかし2004年3月のダイヤ改正でローカル運用がすべてキハ40系及びキハ126系へ移管されキハ58系は余剰となり、当車は2005年3月31日付で廃車となった。

前面は、米子時代に後藤工場標準形態の前面補強が施工されている。ワイパーはWP50へ更新され、運転台側正面窓下手すりは後藤工場標準のやや短い手すりに交換された後藤工場標準スタイル。正面窓上の通風口及び水切りは晩年撤去されている。制御ジャンパ受栓及びステップの位置は、後藤工場標準の位置にある。放送ジャンパは、原形のままステップ一体型である。タイフォンカバーは原形のシャッター式である。テールライトは新製時より外ばめ式である。
側面はほぼ原形であるが、タブレットキャッチャー撤去時にタブレット保護板も撤去されている。3位側側面に、4VK発電セット用の吸気口が設置されている。正面窓水切りが撤去された関係で、乗務員室側窓に水切りが追設されている。
屋根上は、全ての通風器がガーランドベンチレーターに交換されている。
床下は、4VK冷房発電ユニットが設置されている。水タンクは新型のFRP製のものに交換されている。


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