キハ28 493 → キハ28 2493



1967年5月2日新潟鐵工製の7-2次車で、昭和41年度第1次債務で釧路機関区に新製配置された。同ロット492〜494全車が釧路に配置された。釧路へは夏季輸送用の仮配置で、1967年9月20日付で新潟へ正式配置されている。新潟では急行「いいで」「羽越」等新潟を起点とする急行で活躍した。1970年7月1日付で冷房化及び4VK電源装置取り付けを行い2493へ改番されている。しかし冷房化後は新潟では長続きせず、1971年6月15日付で名古屋へ転出した。名古屋では急行「のりくら」の他、急行「きそ」「紀州」等で長く活躍した。国鉄末期には急行削減により「のりくら」の他武豊線の普通列車運用のみとなり、そのままJR東海へ継承された。JR化後も引き続き急行「のりくら」や武豊線の普通列車で活躍したが、1990年3月にキハ85系が投入され「のりくら」が全廃された以降は武豊線の普通列車や快速「みえ」の増結等で活躍した。1992年には武豊線ワンマン運転が開始されるようになり、これのために転入したキハ48と交代し当車は1992年10月12日付で伊勢へ転出した。以降は紀勢本線・参宮線の運用で長く活躍した。当車はJR東海のキハ58系最末期まで活躍し、紀勢本線がキハ40系・キハ11に置き換えられた1999年3月で余剰となり、保留車として在籍の後2000年1月4日付で廃車となった。

前面は、後期車であり前面補強が未施工である。ワイパーはWP50へ更新されているが、正面窓下の手すりは原形のままである。冷房電源用ジャンパ受栓の位置は初期冷房車の特徴である低い位置に設置されたままになっており、その関係で制御用ジャンパ受栓はタイフォン下部に寄り添う位置に設置されている。放送ジャンパ受栓は、ステップ一体型となっている。タイフォンカバーは、原形のシャッター式カバーである。テールライトは、新製時より外ばめ式である。正面標識灯掛けは当次車標準の台座無しのものである。
側面では、乗降ドア隅の丸窓が鉄板で塞がれている。3位側側面に、4VK発電セット用の吸気口が設置されている。当次車以降の後期車の特徴として、便所窓が横長のものになっている。
屋根上は、標準的な冷房車の形態である。
床下は、4VK冷房電源装置を取り付けたキハ28の標準形態である。油タンクは原形である。水タンクはFRP製のものに交換されている。1990年以降のJR東海標準で、床下機器が台車を含めグレーで塗装されている。


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