キハ28 501



1968年3月13日富士重工製の8-1次車で、昭和42年度本予算(追加)で弘前機関区に新製配置された。同一ロット501・502両車とも弘前へ配置された。弘前では次ロットの503・504とともに青森周辺の急行「深浦」等で使用開始した。1970年には唯一両仲間と離れて秋田へ転出し、急行「しらゆき」や「おが」で使用されるようになった。この状態は長く続き、国鉄末期の「57-11改正」で前記の急行が廃止されると1982年11月21日付で一ノ関へ転出し、北上線や大船渡線で使用されるようになった。そしてそのままJR東日本へ継承された。JR化後も両線で普通列車で使用されたが、同区のキハ28は少数派であり早々に廃車されることが決まっていたのか、盛岡地区では珍しく「盛岡色」への変更もされずにそのまま使用されていた。そして1990年にキハ100型の量産先行車が北上線へ投入されると真っ先に余剰となり、1991年1月16日付で廃車となった。

前面は、モデルチェンジ車であり前面補強がされていない。ワイパーは強化型のWP50に更新され、正面窓下の手すり位置が大幅に下がった、盛岡地区標準スタイルである。当次車は平窓車同様の位置に制御用ジャンパ受栓があり、受栓自体は耐雪仕様のヒーター入りが取り付けられている。放送ジャンパ受栓は、原形のステップ下部へ設置されている。タイフォンカバーは、原形のシャッター式カバーである。正面窓上の通風口は現存している。正面窓上の小手すりに、盛岡・函館地区標準の警戒表示板がついている。
側面は、ほぼ原形のままである。当次車は、4位側側窓間に、冷房発電機用の吸気口が準備されており、鉄板で蓋がされている。
屋根上は、原形のままの冷房準備車仕様である。
床下は、水タンクがなぜか平窓車用の鋼製のものに交換されている。


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