キハ28 1001 → キハ28 3001



1968年5月22日富士重工製の8-3次車で、昭和42年度第3次債務で千葉気動車区に新製配置された。同一ロット1001〜1004全車が千葉へ配置された。千葉へは海水浴臨時列車など夏季輸送用の仮配置で、夏季輸送の終了後9月6日付で1002〜1004が和歌山へ、1001が美濃太田へ正式配置されている。美濃太田では急行「のりくら」を始めとした高山本線の急行を中心に、名古屋起点の急行で活躍した。当車の冷房化は遅く、キハ28 1000番台でラストとなる、1979年11月25日付で冷房化及び4VK電源装置取り付けを行い3001へ改番されている。その後も美濃太田に在籍し、国鉄末期には急行「のりくら」の運用が移管されると高山本線の普通列車のみの運用となり、そのままJR東海へ継承された。JR化後も引き続き高山本線の普通列車で活躍したが、1989年3月にキハ11が投入されると武豊線の普通列車用に1989年3月9日付で名古屋へ転出した。名古屋では急行「のりくら」や武豊線の普通列車で活躍したが、1990年3月にキハ85系が投入され「のりくら」が全廃された以降は武豊線の普通列車や快速「みえ」の増結等で活躍した。1992年より武豊線のワンマン化のため名古屋のキハ58系と美濃太田のキハ48が交換されることになり、当車は1992年10月12日付で美濃太田へ転出した。以降高山本線の普通列車で活躍した。しかし1999年のキハ75・キハ11の増備によるキハ58系全廃により余剰となり、1999年10月12日付で廃車となった。

前面は、モデルチェンジ車であり前面補強されていない。ワイパーは原形のWP35のままである。制御ジャンパ受栓は、左右離れた位置に移設されている。放送ジャンパ受栓は、ステップ下部に設置されている。タイフォンカバーは、1000番台原形のスリット式カバーである。当車はモデルチェンジ車ながらデフロスタを装備している。
側面では、乗降ドア隅の丸窓が鉄板で塞がれている。当次車は4位側の側窓間へ4VKの吸気口が準備されたが、同装置の向きは設置時に左右が逆とされたので、3位側側窓下に平窓車同様の横長の吸気口が設けられている。
屋根上は、標準的なモデルチェンジ車冷房車の形態である。
床下は、4VK冷房電源装置を取り付けたキハ28の標準形態である。油タンクは原形である。水タンクはFRP製のものに交換されている。1990年以降のJR東海標準で、床下機器が台車を含めグレーで塗装されている。


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