キハ56 43



1962年8月31日新潟鐵工製の4次車で、昭和37年度本予算で函館運転所に新製配置された。同一ロット42・43両車とも函館へ配置された。函館では新設された三階建急行の「オホーツク」「宗谷」「摩周」で使用開始したが、1963年には函館に長大編成対応の100番台が新製投入され、当車は玉突きで苗穂へ転出した。苗穂では北海道全域の急行で使用されたが、1965年には札幌運転区開設に伴い、当区へ転属した。札幌でも引き続き道内全域の急行で活躍したが、「47-3改正」では札幌運転区への特急型配置が始まり、このため札幌の車齢の若いキハ56が苗穂へ転属し、苗穂の若番車が函館へ転属するという動きが発生し、この際に当車は苗穂へ転属した。その後は苗穂で国鉄末期まで長く使用されたが、「60-3改正」で急行が削減されると余剰となり、1985年5月10日付で廃車となった。

前面は、苗穂工場で前面補強されている。ワイパーはWP50に改造されており、正面窓下の手すりは左右ともに短い手すりに改造された、苗穂工場標準の形態である。デフロスタは北海道標準で左右両側に取り付けられている。当車は温水暖房付きの制御用ジャンパ受栓を取り付けている。放送ジャンパ受栓はタイフォン横のステップ下部に台座付きで設けられている。タイフォンカバーは、原形のシャッター式カバーである。テールライトは原形の内ばめ式である。正面窓上の通風口は両側とも残存している。
側面はほぼ原形のままであり、原形の戸当たりレール2本のドアが付いている。
屋根上では、水タンクは、北海道で良く見られる角型の形状へ変更されている。
床下は原形のままである。


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