キハ58 306



1963年3月16日富士重工製の4次車で、昭和37年度利用債で高松機関区へ配置された。同一ロット306・307両車とも高松へ配置された。高松では前ロットの301〜305とともに一挙7両増備され、四国全域の急行列車で使用開始した。四国では比較的晩年の1971年に冷房化されている。その後も長く高松に配置され国鉄末期の「61-11改正」後も引き続き急行に使用され、そのままJR四国に継承された。JR化後は瀬戸大橋線開業後の波動輸送用に使用されることとなり、1988年1月18日付で「旅立ち」として登場した。これは塗装変更とバケットシート化・大型テーブル設置が主な改造内容である。その後は修学旅行用を始め団体・波動輸送に使用されたが、急行の特急化が進み次第に持て余すようになり、予讃線電化・2000系投入の1990年11月ダイヤ改正で用途を失い、普通列車用に格下げられ11月21日付で高知へ転出した。高知でも1000型の投入によりキハ58系は次第に数を減らし、当車は1992年9月30日付で廃車となった。

前面は、四国タイプの前面補強が施工されている。ワイパーは強化型のWP50へ改造されているが運転席窓下の手すりは手を加えられていない、四国標準の形態。制御用KE53ジャンパ受栓の位置等も、四国標準の形態。放送用ジャンパ受栓は、四国特有の足掛けと一体となった形状のものがタイフォン横にあり、その上に更に原形のステップがあるという異端車である。タイフォンカバーは、原形のスリット状のままである。
側面はほぼ原形である。汚物処理タンクが設置されているので、便所部側面に点検蓋のようなものが設けられている。運転席側窓バランサー点検蓋は、四国標準の、台枠に近い部分に横長の開口部が設けられている。乗降扉の点検蓋は、後期車と同じ横長のものに改造されており、四国の標準形態であった。
屋根上は冷房化以降手が加えられていない。四国ではJR化当初屋根上に列車無線アンテナを付けていなかったが、当車は団体・波動輸送で本州へ渡ることがあったため、列車無線アンテナを早期から付けていた。
床下はほぼ原形であるが、後位側に汚物処理装置が設置されている。


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