キハ58 480



1964年3月23日日本車輌製の6-1次車で、昭和38年度第2次債務で山形機関区へ配置された。同一ロット480・481両車とも山形へ配置されている。山形では急行「ざおう」「もがみ」「あさひ」等、奥羽本線系の急行で使用されたが、「39-10改正」では需給の関係で1964年10月2日付で新潟へ転属している。新潟では急行「赤倉」を中心に、新潟を起点とする支線急行で使用された。新潟では長く活躍したが、「57-11改正」で急行「赤倉」が電車化されると余剰となり、1982年12月1日付で直方へ転属した。直方ではキハ55に代わり、従前の800番台に混じり筑豊地区の普通列車で使用された。しかし「59-2改正」で長崎本線の普通列車電車化が進行するとこれらの地区から状態の良いキハ58が捻出され、当車は1984年1月30日付で伊勢へ転属した。伊勢では亀山から移管された紀勢本線や名松線の普通列車で活躍するようになったが長続きせず、「60-3改正」で急行「きのくに」廃止により和歌山から大量のキハ58が転入すると余剰となり、1985年6月20日付で廃車となった。

前面は、前面補強が施工されていない。ワイパーはWP50に更新されており、それに伴い運転席窓下の手すりが若干下がっている。放送用ジャンパ受栓は装備しておらず、ジャンパケーブルは標識灯掛けに引っ掛けられていた。テールライトは内ばめ式のままである。タイフォンカバーは、晩年まで新潟特有の竹槍状の筒のままであった。
側面は、新潟タイプのやや小さい運転席側窓バランサー点検蓋が取り付けられている。
屋根上はほぼ原形のままであるが、水タンクは新潟地区特有の平べったいものに交換されている。
床下はほぼ原形である。


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