キハ58 490 → キハ70-1



当車はJR九州「ゆふいんの森」用キハ71系の中間車であり、筑豊篠栗鉄道事業部 直方車両センター配置で、竹下運用として旧竹下気動車区をベースに運用されている。

1964年2月1日新潟鐵工製の6-1次車で、昭和38年度第2次債務で新潟運転所へ配置された仲間の1両。同一ロットでは488〜491が同日に新潟へ配置されている。同時期には急行「赤倉」等増強のため新潟には大量のキハ58増備されていた。当車は同一ロットの仲間とともに長く新潟で活躍し、「57-11改正」で急行「赤倉」が電車化されるのに伴い、兄弟そろって(488〜491)1982年12月1月付で直方気動車区へ転出し、筑豊地区ローカル線で、キハ55の置き換えとして普通列車を主体に活躍した。九州では1975年には、修学旅行用を除きキハ58系の完全冷房化を達成していたが、1980年に入ると老朽化したキハ55系の置き換えとして大量の非冷房キハ58系が転入しており、これらは主に勾配線区の普通列車で使用されていた。1986年3月3日には配置換えで竹下気動車区へ転出した。国鉄末期には、兄弟のうち491は廃車となるが、488〜490の非冷房兄弟は揃ってJR九州へ継承されることになった。しかしながら非冷房車であることから特定地方交通線の整理とともに余剰となり、廃車予定車であることから廃止予定の松浦線で使用することとなり長崎へ転出。そして松浦線廃止に伴い余剰となり、そこで新設特急「ゆふいんの森」増結車の種車に抜擢され、1989年2月28日付でキハ70-1となりゆふいんの森の中間車として活躍することとなった。改造に伴い車体関係はすべて新製され、機器流用に過ぎない状況であった。しかし機関を始めとする機器の老朽化に伴い、2003年に大幅な更新工事が実施され、機関はコマツ製SA6D125H-1Aに、併せて変速機も交換、燃料タンクも他社と形状の似た角型のものに交換された。そのためキハ58の面影を残すのは、ラジエータをはじめとする一部の床下機器と、台車のみとなっている。
外観は、車体が載せ替えられており、キハ58の面影は全くない。床下も機関等が更新されているが、基本的な機器配置等は種車のままであり、台車とともにキハ58時代の面影を残している。

機関換装済であるが、走り出すと国鉄形車両の香りを漂わせ、流転の人生を物語っている。種車新製からは54年が経過、ゆふいんの森改造からも28年が経過(ともに2018年時点)し、人気車両とはいえ今後いつまで活躍するか、注目の車両である。


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