キハ58 563



JR西日本では最末期まで使用されたキハ58形の1両。

1964年10月7日新潟鉄工製の6-3次車で、昭和39年度本予算で宮原機関区に新製配置された。同ロットは563と564の2両のみで、564は和歌山へ配置されているので当車は孤独な人生であった。宮原では北陸本線〜七尾線直通の急行「ゆのくに」を筆頭に、支線区では姫新線の急行「みささ・みまさか」や、高山本線の急行「たかやま」を中心に使用された。北陸本線を活動範囲とするため、早い時期からスノープロウを取りつけていた。1985年3月14日には、宮原機関区廃止に伴い向日町運転所に統合となるが、引き続き急行「みささ・みまさか」「たかやま」で使用されたほか、急行「丹波」「志摩」で使用された。61-11改正では急行「丹波」「志摩」が廃止されるのに伴い余剰となり、広島運転所へ転出し同区の若番車と交代した。広島では「ちどり・みよし・たいしゃく」で使用された。広島時代も長く、最後の急行「みよし」が廃止されるまで、色を変えながらずっと在籍し、2007年7月1日の急行廃止で保留車となった。しかしながら、同車は幸運にも岡山地区でのイベント用に残され、幡生車両所(下関車両センター)で急行色に塗り戻され、岡山地区で「みまさかスローライフ号」など、イベント列車で使用された。そして2010年12月15日をもって廃車となった。当車は車齢46年であった。

外観的には、急行色を纏っているものの全体的に細かい改造点が多く、原形からはかけ離れた状態である。
急行色は、塗り戻し当時寸法等の資料が既になくなっていたのか、正面窓部の赤色の高さが明らかに異なり、全体的に赤帯が低い状態となっている。このため、非常にバランスの悪い顔つきとなっており、金沢支社の477番が正確な寸法で塗り戻しされているのを見ると、非常に残念でならない。また、雨どいはこの手の塗り戻し車両に多い「赤色」となっており、昭和40年代中盤には本州用は既に「雨どいはクリーム」が浸透していたので、違和感のある塗装となっている。
冷房化がなされているが、残念ながらいつの冷房改造化は不明。
前面は、正面窓上の通風口が埋められている。前面補強は関西地区タイプである。制御ジャンパ受栓は、離れた位置に移設されている。放送ジャンパ受栓は、関西地区特有の位置に移設されている。タイフォンカバーは当初からシャッター付きで落成しており、そのまま最後までシャッター付きであった。テールライトは内ばめから、外ばめに改造されている。運転席窓下の手すりは、金沢地区配置暦が無いにもかかわらず、撤去されている。
側面では、乗降ドア隅の丸穴が完全になくなっている。その他は概ね原型を保っているが、広島地区の特徴として側面ほぼ中央部窓下にサボ差しが追設されている。また、汚物処理タンクが設置されているので、便所部側面に点検蓋のようなものが設けられている。また、客室扉戸袋部の点検蓋は埋められたのか、見当たらない。
屋根上はすべての通風器が交換され、断面五角形の箱型通風器となっている。これはJR西日本では広島支社に多い特徴である。水タンクは、原形のままである。
床下では、複線用スノープロウを付けており、これは急行「ゆのくに」を担当した宮原機関区の施工であると思われる。床下機器は非常に微妙な色合いをしており、台車が後年ではグレーに塗装されているように見受けれらるが汚れていてよく分らない。当時JR西日本では塗り替え車を中心に電車等でも床下グレー化が一般的であり、当車も一旦グレー化されたと思われる。油タンクは角型の新型に更新されている。後位側では、汚物処理タンクが設置されている。


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