キハ58 615



1965年4月1日新潟鉄工製の6-4次車で、昭和39年度第3次債務で秋田機関区へ配置された仲間の1両。同一ロット614・615両車とも秋田へ配置されている。秋田では急行「おが」「羽越」等の奥羽本線・羽越本線の幹線急行で使用され、青森運転所のキハ58系が移管された1972年以降は急行「しらゆき」で遠く金沢まで顔を出した。東北新幹線開業の「57-11改正」では秋田担当の幹線急行は廃止され、当車は山形地区ローカル輸送のキハ55系を置き換えるため、1983年4月7日付で山形へ転出した。その後は奥羽本線や陸羽東線の普通列車で使用され、そのままJR東日本に継承された。JR化後は、1991年4月に機関がコマツ製DMF11HZへ換装され1992年頃に東北地域本社色に変更された。その間、1991年3月16日付で、山形運転区が山形新幹線開業準備の関係で廃止されるのに伴い、当車は新庄運転区へ転出したが運用実態は同じであった。晩年は快速「月山」の山形〜新庄間増結運用や奥羽本線の普通列車で使用されたが、1997年に検査期限が切れることから秋田から699が転入し、当車は入れ替わりで1997年11月6日付で廃車となった。

外観は、塗装以外は原形をよく保っている。
前面は、助手席側正面窓上の通風口が撤去されており、晩年のJR東日本の標準スタイルである。前面補強は施工されていない。ワイパーは強化型のWP50に更新されており、正面窓下のてすりは若干下に下がっている。タイフォンカバーは新製時からのシャッター付である。テールライトは後期車のように外ばめ式に改造されており、山形の特徴である。放送用ジャンパ受栓は土崎標準の、テールライトの外側付近へ移設されている。デフロスタは、運転席側のみに付いている。KE53ジャンパ栓納めは、右側が若干低くなっている。
屋根上は、ほぼ原形のままである。
側面は乗降ドア下部の丸窓が撤去されている。また、機関換装時に給水口が埋められている。それ以外は原形を保っている。
床下では、機関はコマツ製DMF11HZへ換装されており、同時に機関予熱器が撤去されている。油タンクは角型のものに交換されている。スノープロウは複線型を装備する。


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