キハ65 20



1970年2月20日日本車輌製の3次車で、昭和44年度第2次債務で大分機関区へ配置された。同一ロット17〜20のうち当車のみ大分へ配置された。大分では主に豊肥本線・久大本線の横断急行で国鉄末期まで長く使用され、そのままJR九州へ継承された。JR化後も引き続き急行「由布」「火の山」で活躍し、1988年3月25日付で回転クロスシート化され、1989年7月16日付で塗装も「九州急行色」へ変更された。しかし急行「由布」「火の山」はキハ185系投入により1992年7月15日のダイヤ改正で廃止され、当車は筑豊地区で普通列車・波動用として使用されることとなり、同改正日付で直方へ転属した。直方では九州急行色のまま普通列車で使用された。1996年には組織改正で筑豊篠栗鉄道事業部所属となったが、引き続き筑豊地区を中心に普通列車で活躍した。最期は1997年11月29日のダイヤ改正で香椎線にキハ200系が投入された際の車両転配で余剰となり、1998年3月26日付で廃車となった。

前面は、ほぼ原形であるが、フック式のヘッドマークステイが貫通扉に取り付けられている。
側面はほぼ原形のままであるが、タブレットキャッチャー取り付け台座及びタブレット保護板が撤去されている。
屋根上はほぼ原形のままであるが、九州標準で排気煙突が屋根から上部へ延長されている。
床下はほぼ原形であり、晩年の九州では珍しくスノープロウが残存している。


キハ58イラストのページへ戻る

キハ58系のページへ戻る

ホームへ戻る