キハ65 29



1970年6月1日日本車輌製の4次車で、昭和44年度第3次債務で高松運転所へ配置された。同一ロット29〜32全車が高松へ配置されている。高松では比較的平坦な徳島地区を除く四国全域の急行列車の冷房化に使用された。国鉄末期まで用途は変わらず使用され、そのままJR四国へ継承された。JR化後は1988年1月12日付でバケットシート化され、1989年1月27日付で「四国色」へ変更された。1989年7月22日ダイヤ改正で急行「いよ」が特急格上げされ当車は分離された急行「うわじま」で使用されることになり、同日付で松山へ転属した。松山では前述のとおり急行「うわじま」で使用されたが、1990年11月21日付で同急行も特急格上げされ廃止されると、以降は予讃線の普通列車で使用された。しかし1992年7月23日のダイヤ改正で予讃線の電化延伸すると余剰となり、1992年9月30日付で廃車となった。

前面は登場時ほとんど変わっていない。
側面もほぼ原形のままであるが、タブレットキャッチャーの取り付け座及びドア横の保護板が撤去されている。
屋根上はほぼ原形のままである。
床下はほぼ原形であるが、スカート下のスノープロウは取り外されている。


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