キハ65 63



1970年5月28日日本車輌製の4次車で、昭和44年度第3次債務で竹下気動車区へ配置された。同一ロット62・63のうち、63のみが竹下へ配置された。竹下では主に急行「いなさ」「弓張」をはじめとする長崎本線系統の急行で長く使用された。「57-11改正」で特急格上げにより同急行が全廃されると、主に博多近郊のローカル輸送で使用されるようになった。そしてそのままJR九州へ継承された。JR化後も普通列車のみで運用され、ボックスシートのまま1989年には「九州色」へ変更された。1991年3月16日のダイヤ改正では竹下気動車区は直方気動車区へ統合され、当車も直方配置となった。1996年には組織改正で筑豊篠栗鉄道事業部所属となったが、引き続き筑豊地区を中心に普通列車で活躍した。最期は1997年11月29日のダイヤ改正で香椎線にキハ200系が投入された際の車両転配で余剰となり、1998年3月26日付で廃車となった。

前面は、ほぼ原形である。放送用ジャンパ受栓は、九州では珍しく原形のステップ下部のままである。貫通扉にはフック式のヘッドマークステイが取りつけられている。
側面はほぼ原形のままである。
屋根上はほぼ原形のままであるが、九州標準で排気煙突が屋根から上部へ延長されている。
床下はほぼ原形であり、晩年の九州では珍しくスノープロウが残存している。


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