キハ65 501 → キハ65 721



1969年8月12日富士重工製の2次車で、昭和43年度第5次債務で松本運転所へ配置された。同一ロット11〜13・501のうち、当車のみ松本へ配置されている。松本へは急行「アルプス」の冷房化のため投入された。当車が投入された当時既に中央東線は電化されており架線下気動車急行であったが、「50-3改正」で全て電車化されることになり、当車は1975年9月1日付けで竹下気動車区へ転属した。竹下では主に長崎本線の急行「出島・弓張」で活躍したが早くも1976年7月に長崎本線が全線電化され前記急行の一部が特急格上げされ、当車は1976年7月5日付で鳥取へ転出した。鳥取では主に急行「砂丘」等で使用されるようになった。その後も国鉄末期まで同急行で長く活躍し、そのままJR西日本へ継承された。JR化後は岡山・向日町・亀山などからキハ65が鳥取へ集まるようになり、当車は捻出されるように「エーデル鳥取」の種車となり1989年3月4日付で改造され、「キハ65 721」へ改番され、向日町へ配置された。以降特急「エーデル鳥取」の他波動用等で長く活躍したが、山陰本線の電化後は「エーデル鳥取」の設定も無くなり、需要の減少から1足先に2004年4月16日付で廃車となった。

前面は、比較的原形を保っている。正面窓上の通風口はエーデルシリーズでは珍しく残存している。ワイパーはWP35のままである。「エーデル」改造時にジャンパ栓・連結器周りが改造されている。タイフォンは500番台特有のシャッター式となっている。
側面では、客室窓がサイズはそのまま固定窓化されているが、オリジナルのユニット式のままであり段差が残っている。後位側に便所・洗面所が設置されたので、側窓2枚分が埋められ、便所窓が追設されている。改造により、側面の客室用強制換気口が移設されている。
屋根上は、換気扇が1箇所追設されている。
床下機器は、便所が設置されたのでデッキ側に汚物処理装置が設置されている。当車は便所が設置されながら4VK発電セットも残置されており、その分燃料タンクが新型で小型のものに交換され、これにより空いたスペースに、元デッキ部にあった機器箱が移設されている。便洗面所用の水タンクは室内に設けられたため、床下に水タンクはない。


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