キロ27 7



1962年12月15日帝国車両製の4次車で、昭和37年度民有債で長野機関区へ配置された。同一ロット5〜7ともに長野へ配置されている。長野では「アプト式」専用車両として信越本線の急行「志賀」「丸池」「とがくし」「妙高」および中央西線の「ちくま」で使用された。しかし登場から年も浅い1963年10月のダイヤ改正で碓氷峠は新線に切り替えられアプト式は廃止となり、また長野までの電化も完成したため碓氷峠を通過する急行は縮小され、直江津へ直通する「妙高」のみとなった。以降は主に中央西線の急行に使用されるようになり、急行「ちくま」「きそ」の他長野周辺の急行「すわ」「のべやま」で使用された。また1971年からは新潟のキハ58系に代わり急行「越後」でも使用されるようになる。以降はキロ27はこの急行「ちくま〜ゆのくに・越後」系統で使用されたが、1978年10月1日改正で同急行が電車化・特急格上げされ用途を失った。昭和37年製造の5〜7は1980年まで保留車として在籍したが活用されることは無く、1980年1月18日付で廃車となった。

側面はおおむね原形であるが、4DQ-11P発電セットが搭載された際にこれの吸気口が2-4位側へ設けられている。
屋根上は元非冷房車のため屋根が高く、また冷房化に際しクーラー脇に押込通風器が設けられている。なおこの車は確認した際はクーラーが小判型のAU13を装備していた。
床下では、後位側に4DQ-11P冷房電源セットが搭載されている。
この車は妻面に特徴があり、通常キロのデッキゴミ箱は外妻に飛び出していないが、当車はキハ車に準じて外妻に半埋め込みでゴミ箱が設けられた変形車である。


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